こんにちは。イッシキです。

 

今回は私が「うつ」「抑うつ」でどういう状態になりどういう治療を受けてきたのか、ということを段階ごとに分けて書いていこうと思います。

 

まず始めに言っておかなければならないのは、「うつ病」というタイトルですが、最初にそういう診断が下ったというだけで、あとから「双極性障害」であることが判明していきます。

 

そのことを念頭に置いていただければと思います。

 

風邪の症状と同じく、一言で「うつ」と言ったところで、その症状もさまざまで、治療法も「これが正解」というのはなかなか無いとは思います。

 

なのに、「うつはこういう治療で、こうなって、こう治る」などとあっさり書いているサイトばっかりなんですね。

 

こういうのを見て「自分のうつは、特別ひどいんだ」と考えてしまう人も居ると聞きます。

 

そうじゃないです。

 

ですから、どこかで拾ってきたようなことしか書いていない記事と違って、私自身の体験談を書いていきます。

 

そして、自分だけが特別酷いんじゃない、ということをわかっていただければと思います。

 

こちらの記事も並行して参考にしていただければと思います。

初期段階

まだそれほど自覚症状がない初期状態のときの治療です。

 

正直なところ仕事はまだまだできるつもりで居たのですが、医者からは「三ヶ月は絶対に休みなさい」との指示が出ました。

 

このときにはクスリなどは出ませんでしたね。

 

一週間に一度、精神科のクリニックに出かけて2、3分の診察を受けたら帰る、という毎日でした。

第二段階

調子がおかしくなっていきました。

 

三ヶ月の休職の予定でしたが、更に三ヶ月休職することになりました。

 

しかしまだ「仕事はできるのにな」と思える程度でした。

 

少しクスリを処方されるようになりました。

第三段階

結局長期の休職に入ることになりました。

 

結果的には約1年半休職することになり、実家に身をよせることになりました。

 

この頃からヒステリー球(喉に異物感を感じる現象です。)が出始めます。

 

このヒステリー球は、今でも調子が悪いときには表れます。

 

実家では母親も精神科に通っていたので、同じところに通いました。

 

この頃からクスリの量も増えていきます。

 

正直「こんなに飲んだら、そっちのほうが危ないんじゃないのか?」と思うような量だったので、私はクスリを飲むのはサボってました。

 

そうして私はだんだんおかしくなっていきます。

第四段階

完全におかしくなりました。

 

布団から出られない毎日、かと思いきや、庭に出て張り裂けそうな絶叫をあげたりしていました。

 

(実家は山奥で、隣の家まで50メートル以上は離れていたので、近所迷惑にはならなかったと思います。)

 

イライラが収まらず模擬刀や棍棒で木を殴りつけたり、夜中に獣に喧嘩をふっかけるため、山奥に散歩にでかけたりするようになりました。

 

(人間にふっかけてはいけない、ということは認識していましたので。)

 

恐怖で布団をかぶったまま震えていることもあり、希死念慮もひどく表れるようになりました。

 

希死念慮が表れると「死」が近く感じられるようになり、それに対してもまた恐怖を感じていました。

 

音にも過敏になり、ちょっとした音にもビクつくようになっていました。

 

このときから通う精神科を変えました。

 

少し遠いけど、評判は良い精神病院に通いました。

 

最初はあまり症状としては変わらなかったのですが、信頼できる医者に出会えたことは嬉しかったです。

第五段階

この医者、家族と相談した結果、入院することになりました。

 

この入院は、正解であり、不正解でもありました。

 

基本的に入院病棟は、精神疾患の段階に応じて分けられています。

 

しかしこの病院では、ロビーのような場所では全ての人間が出入りすることができました。

 

で、私、変な人に絡まれたんです。

 

初対面で、挨拶する前に「あの女に手を出したら殺す」と言われました。

 

意味がわからないけど、とりあえず「わかった」とだけ言っておきましたが、その後えらくなつかれてしまい、ずっと付け回されることになりました。

 

そこで私はその人を見て思ったんです。

 

「自分もだんだんああなっていくのか」「いや、自分では気づいていないだけで、もうああいう段階に入っているのかも」。

 

同時に「こんなところに居たら気が狂う」とも思い、慌てて家族に電話をし、出してもらうように懇願しました。

 

「ちゃんと自分の病気を自覚し、クスリを飲むのをサボらない」ということを条件に出してもらいました。

第六段階

クスリを飲み始めたからといって、そんなに簡単には治っていきません。

 

でも、犬の散歩やらはできるようになっていきました。

 

「なっていきました」とあっさり書きましたが、これだけでも半年以上かかっています。

 

でも確かに良くはなっていっていました。

 

この頃、母に癌が見つかります。

 

私は病院への送り迎えをやるようになりました。

 

抗がん剤なども使いましたが、結局功を奏すことなく、母は亡くなりました。

 

そして休職期間が終わり、再び会社がある東京に戻ります。

第七段階

もはや会社に私の居場所はありませんでした。

 

結局、退職することになりました。

 

休職中も給金は出ていたので、しばらくはお金には困りませんでしたが、職がないという状態では、結構心が荒んでいくのを感じました。

 

まずは就職をしないといけないと思い、クリニックなどに行くのはサボっていたことになります。

 

就職のエージェントと話し合い、色んな会社を紹介してもらいました。

 

音に対する恐怖感は抜けていないので、エージェントから電話が来るたび電話の音にビクつく毎日です。

 

結局、静岡で私を欲しがっている会社があるということで、二回ほど面接に行きました。

 

面接はあっさり通り、静岡で生活することになります。

第八段階

就職ができたので、静岡でもクリニックを探しました。

 

今までもそうでしたが、やっぱりどこのクリニックも2、3分の診察とクスリの処方だけでした。

 

3つほど回ってみましたけど、やっぱり同じでした。

 

で、結局その3つ目のところに通うことにしました。

第九段階

仕事をしているうちに、実家のときと同じ症状が再び表れ始めました。

 

イライラが収まらず、夜も眠れません。

 

眠れないことにイライラする、という悪循環です。

 

テレビやオーディオ、パソコンや本棚、いろんなものを壊しました。

 

また希死念慮が湧いてきて、更にちょっとした音にもビクつくようになったのです。

 

死を考えたときの恐怖も復活し、とにかく、会社から帰ったあとは1人でうずくまっていました。

第十段階

躁状態が表れるようになりました。

 

(以下「行動力が高いな」という文章は、全て躁状態のときのものです。)

 

うつの状態がひどければひどいほど、躁状態のときには世界が輝いて見え、あたまの中はいろんな楽しいアイデアが浮かんで、これ以上ない幸福感を味わっていました。

 

そして躁状態が上がっているほど、うつのときには下がる、というサイクルです。

 

ある日、躁状態のときに「このまま同じクリニックに行って、同じように2,3分だけ診察して、クスリを飲んでるだけで本当に治るのか?」という疑問が浮かびました。

 

答えはNOでした。

 

そんな折、テレビで、アメリカでのうつ治療のことが放映されていました。

 

磁気を使って、うつを治療するというのです。

 

しかし当時はアメリカでしか、その治療法は採用されておらず、日本では実験段階でした。

 

ウェブサイトを見ると、モニターを募ってはいたのですが、どこも締め切られた状態です。

 

それで私は、そのときかかっていた精神科医に尋ねました。

 

「先生のつてで、磁気治療ができるところを紹介してもらうとかできませんか?」

 

そしたら医者の答えは「磁気で治療する方法なんかあるの?」というものでした。

 

それで私の医者に対する不信感は盤石なものとなりました。

 

テレビで放映されていて、私でも知っている治療法を、言うに事欠いて専門家が知らなかったわけです。

 

私は即刻セカンドオピニオンを受けることにしました。

 

 

 

ちょっと長くなりましたので、次回に続きます。

 

 

 

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